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森繁久弥さん逝く

 投稿者:リベル  投稿日:2009年11月11日(水)06時59分27秒
返信・引用  編集済
  「人名歴史年表」に加えようとして、ふと手が止まりました。三遊亭円楽さんも大きく扱われましたが、私は取り上げませんでした。自分の嗜好や私的な判断がやはり人選に作用しているな、と気付いたのです。

そして・・・何をしたかと申しますと・・・三木鶏郎さんと三木のり平さんを削りました。やはり森繁さんとは同列に並べ辛くて・・・。円楽さんも載せていないのだし・・・と。
 

地質年代のこと

 投稿者:リベル  投稿日:2009年10月22日(木)15時14分20秒
返信・引用  編集済
  昨日の朝日新聞の夕刊に「地球史の現代「第四紀」80万年古く」という記事がありました。これは全文コピーしておきましょう。


気候変動繰り返した「第四紀」、再定義で80万年古く(2009年10月21日15時56分)

 地質学上の地球の歴史区分である第四紀が新しく定義された。「地球史の現代」とも呼ばれ現在も含む第四紀。始まりは180万年前とされてきたが、80万年古い260万年前に変更することが国際地質科学連合(IUGS)の執行委員会で先ごろ正式に決定した。また、意味も「人類の時代」から「人類が世界に広がった時代」に見直された。背景には気候変動への関心の高まりが見える。

 地質学は、地層の重なりを地球史の物差しとする。第四紀の始まりは、人類最古の化石が発見された年代などから180万年前とされてきた。寒流に生息する生物が増えるのも特徴とされていた。

 ところが、人類の誕生は600万年前とも500万年前ともされるようになり、寒冷化が始まった時期が第四紀の基底とされる地層と一致しないことなどが判明。時代区分を見直し、名前も変えるべきだなど、10年以上前から議論になっていた。

 IUGSは開始をさかのぼらせたうえで、第四紀の名前は残すことを選択した。

 260万年前は、南極圏に加え北極圏で大陸氷床、グリーンランドでも氷床が発達。南北アメリカ大陸がつながって海流のルートが変わり、雨が増え、日射量が減って雪が増えたらしい。寒冷化とともに中央アジアで乾燥が進んで砂漠が広がり、土砂が吹き飛ばされ、中国では黄土高原の堆積(たいせき)が始まる。ヒマラヤ山脈が形成され、北から南へ冷たい空気が抜けなくなったと考えられる。

 また、アフリカで誕生した人類が世界各地へと拡散する「出アフリカ」の第一波も、この時期とされる。気候・環境の変動に対応して、食料の豊かな新たな生活の場を求めて歩き出したのだろうという。第四紀の意味は、単なる「人類の時代」から、「人類が繁栄した時代」「人類が世界へと広がった時代」に変わった。

 260万年前を画期とすることは、今日にまで続く地球環境の変化で第四紀を区切り直すことだ。その背景について日本第四紀学会長の遠藤邦彦日本大教授は「氷期と間氷期を行き来し、気候変動を繰り返した第四紀の研究は、将来を見通すために重要だとの考えが根底にある」と解説する。温暖化が進んだ先にあるのはどのような環境なのかを知る手がかりは、第四紀の歴史のなかにあるはずだという発想だ。

 遠藤教授は「はるか古い時代の歴史が、さらに古くなった。それがどんな意味を持つのか、専門家以外には分かりにくいでしょう。しかし、私たちは今、地球のどんな時代を生きているのだろうか。その定義が新しくなったと考えて下さい」と今回の決定の意味を説明する。

 縄文時代も弥生時代も、古墳時代も、近年の研究で、始まりが更新された。そして今回の第四紀。単に数字だけではなく、どのような時代なのかという定義が問われたことも共通している。環境の変化に敏感にならざるをえない時代状況のなか、歴史を見る新たな視点が求められていることの表れなのだろう。(渡辺延志)」


アレッと思って仲田崇志氏の表ウィキペデイアを調べても変化がありません。IUGSのサイトを調べたら当然のことながら勿論キッチリ直してあります。やはりあちらのWikipediaも流石に修正していました。こういうところ日本はダメだなあと思いながら国際地質科学連合(IUGS)を検索していたら何と「日本第四紀学会」というところが9月18日にチャント書いているのです。そこで国際地質科学連合(IUGS)の「承認書」を探して読んでいたら「monte san nicola」というのが出てきて、勿論何のことやら分からない。

検索したらこんなサイトに出くわしました。これは何と7月28日に書かれているのです。勿論当該学界の方でしたが、更に詳しく「第三紀」が無くなった話まで説明しておられました。

私のサイト「人類進化年表」も勿論大幅に修正しておきました、未だ未だ大丈夫、日本も捨てたものではない。それにしてもジャーナリズムの感覚はこんなので良いのかなあ・・・?朝日新聞だけ、しかも6月末に公表されている「科学ニュース」を4ヶ月遅れで、ウーム・・・(^^;)
 

世界史上最も影響力のあった14人

 投稿者:リベル  投稿日:2009年10月21日(水)04時21分13秒
返信・引用  編集済
  「HyperHistory」というサイトが有ることは知っていたのですが、こんなことをやっているとは知りませんでした。

「The 14 most influential persons in world history according to a book by Michael Hart, New York. No ranking among the fourteen men is intended - the list is strictly alphabetical. Find out the reasons why those fourteen men were selected. Click at a name in the left panel.」としてこんな注を付けています。

「Such a list is bound to be controversial because it is impossible to objectively measure the exact influence of different personalities. But at the least it should stimulate a lively debate. Keep in mind that the criteria here is not most important but most influential, that is why an unkown person like T'sai lung is included.」

「それぞれの人物がどんな影響を及ぼしたかを客観的にに測るのは不可能なことなので、このようなリストはどうかと思われるのはやむを得ないことです。ただ、少なくとも活発な議論を呼び起こすことだけは確かでしょう。ここでの基準は”最も重要な”ではなく”最も強い影響を残した”であることにご留意ください、だから蔡倫のようなあまり有名でない人も含まれているのです。」

私が以前引き合いに出したマイケル・ハートの本に依っているのに気付き、大いに意を強くしましたが、それはともかくこういう顔ぶれです・・・。

Aristotle

Augustus

Buddha

Columbus

Confucius(孔子)

Einstein

Galileo

Gutenberg

Jesus

Mohammed

Newton

St.Paul(パウロ)

Shi Huang-ti(始皇帝)

T'sai lung (蔡倫)


宗教はやはりそうなのかなあと思います。芸術家が居ません。芸術というのは人々の心に強い影響を与えるものなのではないのでしょうか?いやそう言う意味で誰かを取り上げようとすると、人選に困るから・・・でも哲学者はアリストテレスを選んでいるじゃないか・・・なるほど議論の種は山ほど有りそうですね、仰有るとおり・・・(^^;)

他にも過去1000年間の30人を選んでいます。「人名歴史年表」の参考に・・・しかし「赤いバラ」は避けたいからなあ・・・。
 

こんなのを見付けました・・・

 投稿者:リベル  投稿日:2009年10月18日(日)01時08分8秒
返信・引用  編集済
  NHK高校講座「世界史」です。たとえば一学期はこんなメニューです。

1     帝国・王国・共和国 〜世界史の中の国家〜
2     オリエントとギリシア
3   ローマ帝国 〜平和とそのかげり〜
4   古代インド 〜仏教とアショーカ王〜
5     東南アジア世界の形成 〜海を渡ったラーマーヤナ〜
6   中国文明 〜殷墟から始皇帝陵へ〜
7    漢帝国の皇帝 〜劉邦から武帝へ〜
8    隋唐帝国を訪れた日本人
9   イスラーム世界の成立
10    アフリカ史(1)  〜人類誕生からイスラームの伝播まで〜
11   ビザンツ帝国
12     西ヨーロッパ世界の成立 〜教皇と皇帝〜
13    十字軍の時代 〜異文化の衝突と交流〜
14     古代・中世の朝鮮半島 〜花開く仏教文化〜
15    モンゴル帝国から明朝へ 〜鄭和の生涯〜

ビデをも見られ、解説を読むことも出来ます。取り敢えずご報告まで・・・^^

チョット学んで来ます・・・。
 

全然進歩していない・・・

 投稿者:リベル  投稿日:2009年10月17日(土)17時29分56秒
返信・引用
  つい先程、すんごいものを見付けてしばし呆然と成っていました。これです。今文明の始まる時代の年表に手を染めていて、エーゲ文明・クレタ文明・ミケーネ文明ってどう違うんだ、百科事典の定義を見てやれと「万有百科大事典」を引っ張り出してきました。ハラリと落ちてきた紙切れを見て正に茫然自失状態、ポカアーンと見惚れてから食い入るように見入りました。

これを作った記憶は勿論全く有りません。良く見ると弥生時代をB.C.2世紀からにしていますから随分昔ではないか(今はB.C.3世紀が定説=教科書になっていますが、2001〜2003年の国立歴史民俗博物館の研究によりB.C.10〜9世紀へと歴史が書き換えられようとしています)と思われます。あ、平成が入っていないから、と言うことは21年以上昔に作っていたことになります。未だインターネットを知らない会社員の頃からやはりこういうことに強い興味を持っていたんだなあと、正直言って感慨無量でした。B.C.500年以降は一行を100年として昨日ご紹介した「縮尺」を実践しようとしています。これだとミリ単位の計算が可能ですから、今作成中の年表より精度は高くなります。ホームページビルダーの「Table」作成能力では小数点以下の%は出せませんから。字は下手くそでもイッソ手書きにするか、小さな文字も可能になるしなどと考えたりもしました。

それにしても何か大変に進んだことをやっている積もりで、本人は鼻高々だったのですがとんでもない、全く進歩していなかったのでした・・・嗚呼・・・(^^;)


さっ、気を取り直して「エーゲ文明」「エーゲ文明」・・・(´ヘ`;)ハァ〜ッ


追記:丁度良い機会だから書いておきます。「縄文時代」、これも教科書では長年12,000年前からとされていたのですが、最近の研究から実は16,500年前ではないかと言われます。こちらで10月14日から展示会が有りますので関東方面の方で興味がおありの方はどうぞ・・・。これが正確だと日本が土器に関しては「世界で最も古い出土」と言うことになります。前に藤村事件なんて有りましたから、今度は慎重でしょう・・・^^

(これは9月22日に他のBBSに投稿したものの採録です。記録しておきたくて・・・^^)
 

新世界へ黒人奴隷が最初に来たのはいつだったか?

 投稿者:リベル  投稿日:2009年10月17日(土)02時30分23秒
返信・引用  編集済
  「奴隷」そのものは人類の初期から有ったと言っても大きな間違いではないと思います。隣の洞窟の野郎がどうにも気に入らねえ、と言う段階は未だ良いのです。これがその内にあっちの山裾の連中はとか、向こうの湾の奴等は、と集団が大きくなってくるにつれて話が物騒になって来ます。「ええいやっちまおうじゃないかっ!」と言うことで征服や隷属が発生することになります。子分にして有無を言わさずこき使うようになる、これが「奴隷」の誕生なのですから。

今日はその話は置いておいて、話をアメリカに限定します。歴史上の行き掛かりから、黒人の人種問題を最も大きく抱え込んでいるのがアメリカだからそうしようというのでは、実はないのです。この「人名歴史年表」をご覧ください。「アフリカからアメリカへ奴隷の輸出開始(1509年〜)」と書いています。そこからリンクしているのが残念ながらLife誌の「the Top 100 Events of the last Millennium」のサイトなのです。ここのNo.12までスクロールして頂くと書いてあります「The earliest African slaves arrived in the New World in 1509」と。

こんなややこしいことをしたのは1509年の出典が何処にも見当たらないからなのです。考えてもみてください、コロンブスが新大陸を発見したのが1492年です。その僅か17年後にアフリカから黒人奴隷を調達したなどという早業が信じられますか。と言うような疑念が生じてさあ大変。ネット上ではWikipediaの「Slavery in the colonial United States」が最も詳しいのですが、これとて1526年だと言いますからいけません。まあ兎に角初期のスペインやポルトガルによる発見競争の頃だという見当は付いたので、今度は書物で探しました。サムエル・モリソン著「アメリカの歴史」第二章「ヨーロッパ人のアメリカ発見」のp.69に「黒人奴隷」と言う言葉が初登場します。

スペイン人達は兎に角黄金が欲しいだけなのです。で、先住民=インディアンから収奪する、働かせる、しかしインディアンはあまり労働意欲を持ち合わせないから本国へ奴隷として送るかさもなければ殺してしまいました。非道い話ではあります。こう書いてあります「1492年にはエスパニヨラ(現在のハイチとドミニカ共和国)の先住民の数は、三十万ほどであったと人類学者は推定しているが、それが、50年のうちに、バハマ諸島の先住民もふくめて消滅してしまった。そこでアフリカから黒人奴隷が輸入され、砂糖と綿の農場で働き、また砂金をふるい分ける労働に従った。」これがアフリカから黒人奴隷を輸入する動機であったことはどうやら確実です。しかしこの叙述だけに依れば1492年+50年=1542年の話になってしまいますから、これもいけない。

p.79まで行くと「一方エスパニヨラは、植民地として成功していた。1512年には百万ドル相当の金を輸出するという好成績であった。黒人奴隷が輸入されて働かないインディアンに代えられた。」とありますから、読み方によっては1512年まで遡ったことになりますが、結局正確な記述はこれ以外に見当たりませんでした。そして次に読んだ本で金脈を遂に掘り当てました。

前に紹介した「物語ラテン・アメリカの歴史」(この本ではその辺りの話はサラリと素通りです)の著者増田義郎氏の「ラテン・アメリカ史」(山川出版社、1999年山田睦男氏共著)がそれです。第二章「ヨーロッパ人の侵入」p.61にこう書いてあります。「コロンブスの失政(採金に来たスペイン人と現地人との軋轢によるものです)による混乱を収拾するため、王室は1501年9月、ニコラス・デ・オバンドを総督に任じた。」。この人は教科書は勿論手持ちの人名辞典にも名前がありませんが、実は「黒人奴隷」の実現にはこの男が一役買っているのです。

「ラテン・アメリカ史」のp.64に「カリブ海の労働力不足をアフリカからの奴隷で補おうという発想は、オバンドのサント・ドミンゴ(エスパニヨラの中心地。コロンブスが築き総督府を設置したスペイン初の植民都市です)着任直後からあったが、スペイン王室の許可のもとに、17人の黒人奴隷がエスパニヨラ島に送られてきたのは、1505年になってからだった。」と書いてあります。私は正に鬼の首を取ったかのように躍り上がったのですが、それはチョット早とちりだったのです。その後にこう続きます。「これは、スペインに居住し、スペイン語を話すキリスト教徒の黒人であり、ラディーノと呼ばれた。1510年には250人が到着し、金山に送られた。しかしアフリカから直接奴隷が導入されるのは、カルロス1世の時代になってからである。カルロス1世は、1518年8月18日、インディアス(発見した新大陸をコロンブスはこう名付けました)への渡航・通商などを扱う政府機関、通商院にたいし、400人のアフリカ奴隷をインディアスに輸送する許可を臣下のブレサ公ガレヴォに与えた旨通告した」と。(資料

この記述が100%正確だとすれば(増田義郎さんご免なさい、あまり諸説があるので^^)、Life誌の1509年説の出所はこの辺りではないかと推測できるのですが、しかし、しかしです、釈然としない結果ではあります。

「直接」で有ろうが無かろうが、兎に角アフリカの黒人が奴隷として新大陸の地に足を踏み入れたのは、と言うことであれば1505年であると、でも断言できるわけです。さらにWikipediaの「Nicolas de Ovando」では「1501年説」が有りますが、これは出典が曖昧ですから無しにしましょう。でもLifeさん、「The earliest African slaves arrived in the New World 」は貴方のお説より4年早いのですよ・・・ざまあみろ・・・(^^)


追記:「人名歴史年表」は出典を明示するため、このように訂正しました。
 

大事件勃発!

 投稿者:リベル  投稿日:2009年10月15日(木)02時59分18秒
返信・引用  編集済
  昨日の朝刊を広げて絶句しました。「日本で12万年前の石器が出た!」。心臓が喉から飛び出しそうになりました。ここには最も冷静に記事にしていると思われる読売新聞を。

「島根・砂原遺跡
日本最古、12万年前の石器みつかる
「旧石器」研究 再構築へ

 最初に見つかったナイフ状の石器(29日、松江市で)=永井哲朗撮影 島根県出雲市多伎町の砂原遺跡で、約12万年前の中期旧石器時代の地層から、国内最古の石器20点が見つかり、同遺跡学術発掘調査団(団長=松藤和人・同志社大教授)が29日、発表した。従来よりも数万年さかのぼる。日本の前・中期旧石器時代については、「旧石器捏造事件」で、存在がほぼ否定される事態に陥ったが、今回の発見は、同時代の研究を再構築するうえで貴重な成果となる。

 石器は長さ5・2〜1・5センチで、石英岩や流紋岩など。石を繰り返し、たたきつけるなどして加工したらしい。

 調査地は丘陵地の斜面にあり、今年8月、成瀬敏郎・兵庫教育大名誉教授(自然地理学)がナイフ状の石器1点を発見し、松藤教授らに調査を依頼。周辺を発掘したところ、19点が見つかった。出土地層のすぐ上の火山灰層を分析したところ、成分などから約11万年前に起きた三瓶山(さんべさん)(島根県大田市)の噴火で堆積(たいせき)した火山灰と判明。すぐ下の地層は約12万8000年前にできたとみられることから、石器の年代を判断した。

 2000年に東北旧石器文化研究所(解散)の元副理事長が、約70万年前とした宮城県栗原市の上高森遺跡などで出土石器を捏造した事件が発覚。日本考古学協会は、元副理事長が調査した160か所以上の遺跡について、捏造と判断、旧石器時代の研究は著しく後退した。事件後、岩手県遠野市の金取遺跡(約9万〜8万年前)や長崎県平戸市の入口遺跡(約10万年前)で石器が見つかっているが、年代については異論もある。

 現地説明会はなく、10月4日午前10時半から、出雲市の多伎コミュニティセンターで調査報告会。主な石器は、10月10〜25日、同市の県立古代出雲歴史博物館で展示する。(2009年09月30日  読売新聞)」

私は目下考古学オタク状態で、毎日その辺りの本を読み漁って「人類進化年表」に纏めようとしているところなのですが、私の知識では日本の旧石器時代は3万5000年前頃から、縄文時代は1万2000年前頃からと決定していて、年表にもその様に書いていたところなのです。本当に我が目を疑いました、何かの間違いが発生している・・・そんな気持ちが生じるほどのパニック状態でした。

私は朝には大体頭が朦朧として来ています、疲れ果てて。よし兎に角寝ようと寝て昼前に起きてそれから徹底的に「旧石器時代」「石器時代」から高校の教科書で読み直しました。早速一昨日入手した「世界考古学事典」もフル回転・・ようやく夕方までに整理でき結論が出ました。

日本の旧石器時代は約3万5000年前からとするのは、間違いではありませんでした。縄文時代は約1万2000年前からが定説だったのが、現在では「放射性炭素年代測定」という手法の導入で1万6500年前と訂正されつつあることは先日ご紹介したとおりです。これは弥生時代の開始期が400〜500年遡るという話と共に目下、私は静観中なのです(参考)。

今私がやっていることは、中学・高校生に「人類の進化の課程」を成る可く分かり易く、解きほぐして解説することです。最新の情報をチェックすることは重要ですが学界や教育界がお墨付きを与えるまでは、無用の混乱を避けるため沈黙しておくというスタイルを守ります。年表にはこんな情報も有るよという注は付けておきましたが。以下がその注です。

「3万5000年前、日本列島に人類が現われた=沖縄本島の山下町第一洞穴人」の注として・・・

「沖縄県那覇市山下町第一洞穴で1968年に発見されました。約3万2000年前とされる6〜7歳の子供の大腿骨と脛骨で、日本では最古級の現生人類の人骨とされています。

現生人類の人骨は他に静岡県の浜北人(約1.8万年前)と沖縄県の港川人(約1.2万年前)が出土しています。

ここで注意しなければならないのは人類の存在を示唆する石器の出土状況です。1949年に相沢忠洋が群馬県みどり市笠懸町岩宿(いわじゅく)で関東ローム層中から発見した石器は少なくとも約3万年前(岩宿I石器文化)と約2万年前(岩宿II石器文化)の2種類有ります。

その後1983年に岩手県遠野市で発見された金取遺跡(かねどり)は約9万年前のものとされています。また2003年12月に、長崎県平戸市入口遺跡で発見された石器は約10万年前、さらに2009年9月島根県出雲市の砂原遺跡(すなばら)から発見された石器は約12万年前のものとされていますが、これらは果たして人類の定住を証明するものなのか検証が待たれています。」


これにて一件落着!・・・でいいのかな・・・再点検、再点検・・・(^^;)(以上は10月1日に記したものです。)


最初に見つかったナイフ状の石器(29日、松江市で)
 

こんなのを作りました・・・

 投稿者:リベル  投稿日:2009年10月14日(水)13時05分7秒
返信・引用
  歴史の話をいたしましょう。ただ、私はズブの素人なので、難しい質問にすぐお答えできると言うことはありません。何とか勉強をして、出来るだけ分かり易くお答えするように努力することだけは、絶対に御約束できますが・・・(^^;)  

以上は、新着順1番目から20番目までの記事です。
これ以下の記事はありません。
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