アレッと思って仲田崇志氏の表やウィキペデイアを調べても変化がありません。IUGSのサイトを調べたら当然のことながら勿論キッチリ直してあります。やはりあちらのWikipediaも流石に修正していました。こういうところ日本はダメだなあと思いながら国際地質科学連合(IUGS)を検索していたら何と「日本第四紀学会」というところが9月18日にチャント書いているのです。そこで国際地質科学連合(IUGS)の「承認書」を探して読んでいたら「monte san nicola」というのが出てきて、勿論何のことやら分からない。
「The 14 most influential persons in world history according to a book by Michael Hart, New York. No ranking among the fourteen men is intended - the list is strictly alphabetical. Find out the reasons why those fourteen men were selected. Click at a name in the left panel.」としてこんな注を付けています。
「Such a list is bound to be controversial because it is impossible to objectively measure the exact influence of different personalities. But at the least it should stimulate a lively debate. Keep in mind that the criteria here is not most important but most influential, that is why an unkown person like T'sai lung is included.」
今日はその話は置いておいて、話をアメリカに限定します。歴史上の行き掛かりから、黒人の人種問題を最も大きく抱え込んでいるのがアメリカだからそうしようというのでは、実はないのです。この「人名歴史年表」をご覧ください。「アフリカからアメリカへ奴隷の輸出開始(1509年〜)」と書いています。そこからリンクしているのが残念ながらLife誌の「the Top 100 Events of the last Millennium」のサイトなのです。ここのNo.12までスクロールして頂くと書いてあります「The earliest African slaves arrived in the New World in 1509」と。
こんなややこしいことをしたのは1509年の出典が何処にも見当たらないからなのです。考えてもみてください、コロンブスが新大陸を発見したのが1492年です。その僅か17年後にアフリカから黒人奴隷を調達したなどという早業が信じられますか。と言うような疑念が生じてさあ大変。ネット上ではWikipediaの「Slavery in the colonial United States」が最も詳しいのですが、これとて1526年だと言いますからいけません。まあ兎に角初期のスペインやポルトガルによる発見競争の頃だという見当は付いたので、今度は書物で探しました。サムエル・モリソン著「アメリカの歴史」第二章「ヨーロッパ人のアメリカ発見」のp.69に「黒人奴隷」と言う言葉が初登場します。
「直接」で有ろうが無かろうが、兎に角アフリカの黒人が奴隷として新大陸の地に足を踏み入れたのは、と言うことであれば1505年であると、でも断言できるわけです。さらにWikipediaの「Nicolas de Ovando」では「1501年説」が有りますが、これは出典が曖昧ですから無しにしましょう。でもLifeさん、「The earliest African slaves arrived in the New World 」は貴方のお説より4年早いのですよ・・・ざまあみろ・・・(^^)
森繁久弥さん逝く
投稿者:リベル 投稿日:2009年11月11日(水)06時59分27秒そして・・・何をしたかと申しますと・・・三木鶏郎さんと三木のり平さんを削りました。やはり森繁さんとは同列に並べ辛くて・・・。円楽さんも載せていないのだし・・・と。