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全89件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  |  《前のページ |  次のページ》 

聖嶽訴訟控訴審遺族勝訴

 投稿者:事務局  投稿日:2004年 2月25日(水)22時35分15秒
  聖嶽訴訟 控訴審も遺族側勝訴 賠償920万円に増額  2004.2.24合同新聞

 週刊文春による聖嶽(ひじりだき)洞穴遺跡(本匠村)のねつ造疑惑報道に抗議し、二〇〇一年三月に自殺した別府大学名誉教授賀川光夫氏=当時(78)=の遺族三人が、同誌を発行する文芸春秋と編集長、取材記者に、同誌への謝罪広告掲載と三千三百万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が二十三日、福岡高裁であった。小林克已裁判長は「記事は一方的な取材に基づき、遺族の神経を逆なでした」として、文芸春秋側に九百二十万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じた。賠償額は一審の大分地裁判決より二百六十万円増えた。謝罪広告は趣旨を明確にするため、(1)掲載者名(文芸春秋と編集長、取材記者)(2)あて名(遺族三人)を記すよう命じ、掲載場所を特定した。
  詳しくは当HPのhotnewsへ
 
 

旧浜田温泉解体予算可決

 投稿者:事務局  投稿日:2003年12月19日(金)10時36分38秒
  別府市議会は18日、旧浜田温泉の解体費用を盛り込んだ補正予算案を可決しました。  「守る会」は「あきらめない。今後も行事を企画し、地域の人を引き込みたい」と話している。(19日、合同)  

現地説明会

 投稿者:事務局  投稿日:2003年12月 9日(火)15時16分9秒
  県教委からのお知らせ
12月13日から15日まで、大友府内町跡現地説明会を開催。受付は1部が午前9時半、2部は午後1時半から。当日はアブライド前より誘導。
問い合わせ
097−597−5675 文化財資料室 坂元
 

七万年前の埋没林保存へ、島根

 投稿者:事務局  投稿日:2003年11月14日(金)22時01分58秒
  7万年前の埋没林、佐田町長が保存方針
 島根県佐田町上橋波の農道工事現場から発見された七万年前の横見埋没林について、同町の荒木孝町長は十七日、「貴重な遺産であり、農道も生かしながら、樹木、地層を保存したい。全力を挙げて国、県などに支援を要請する」と表明した。今月下旬には、専門家などによる調査検討委員会を立ち上げる。
 荒木町長は、開会した六月定例議会の冒頭、公式の場で初めて保存の意向を明らかにし、今議会に調査費として百万円を計上した。全面保存するかどうかなどについては、専門家や町民の意見を尊重することにしている。
 調査検討委員会は、島根大の徳岡隆夫名誉教授をはじめ、県、地元の専門家などで立ち上げる。町は、樹種判定や年代特定、土壌の花粉分析、軽石の成分分析などを計画しており、同委員会の検討材料とする。
 同埋没林からは、九日までに新たに一本の埋没樹木が見つかっており、当初の十本と合わせ十一本が確認されている。
 荒木町長は十八日に澄田信義知事に、保存に向けた陳情を行うなど、各方面に支援を要請する。
 また、要望が強い現地見学会は七月六日に実施する。
 荒木町長は「農道との両立が望ましく、農道をう回させることも視野に入れて検討したい。三瓶の小豆原埋没林とわずか八キロしか離れておらず、一体的な整備が望ましい」としている。
 

戦跡保存宇佐大会

 投稿者:事務局  投稿日:2003年 9月 9日(火)21時33分41秒
  戦跡保存宇佐大会、1日だけ参加できました。全国からの参加者に驚くとともに、廊下の壁に張られていた各地の活動の様子に感動しました。国内だけでなく、韓国や中国に残っている日本軍の戦跡も紹介されていました。この大会の効果でしょうか。大分市議会で小手川恵議員の戦跡保存の質問に、教育長がこれまでとはことなる前向きな発言をしています。今後が注目されるとともに、津留の掩体壕が失われたことが本当に残念でした。  

投稿を削除しました

 投稿者:事務局  投稿日:2003年 9月 9日(火)21時27分29秒
  文化財保存と無関係な投稿が見られましたので、事務局の責任において削除いたしました。
今後とも、県内の文化財保存に関するご意見、ご連絡を投稿してください。
 

「市町村に公文書館を」 

 投稿者:事務局  投稿日:2003年 7月 3日(木)02時29分42秒
  「市町村に公文書館を」 別府大、配置に向け活動 6月28日 合同

 史料価値の高い地方自治体の公文書を守ろうと、別府大学は、公文書館(アーカイブズ)や専門職員(アーキビスト)を県内の自治体に配置する活動に取り組んでいる。全国的に市町村合併の動きが加速する中、県内でも、必要のなくなった公文書の廃棄、散逸が危ぐされているため。同大学では二十九日にシンポジウムを開催。来年度からアーキビストの養成講座を開講するなど、公文書保存の“拠点”として機運を高めていく。
 同大学によると、行政運営の”材料”として使われた公文書の多くは、一定の保存期間を満了すると、ほとんどが廃棄されている。
 公文書を歴史史料として保存、利用する「公文書館法」が国会で成立したのが一九八七年。以降、全国の自治体などに五十ほどの公文書館が設けられ、地域住民の文化資源として活用されている。
 県内では、九五年に県立図書館内に県公文書館が開館。県レベルでは他県に比べて進んでいるが、市町村での設置は皆無。保存期間が過ぎるまで庁舎内の書庫に収められ、職員が管理しているのが現状という。
 運動を進めている末広利人文学部教授は「過去の市町村大合併でも、歴史的に貴重な公文書が廃棄、散逸した」と指摘。「公文書は、その時代の地域住民の営みが記録されている貴重な財産。将来の行政運営や住民福祉の参考にもなる。現在の財政状況が厳しいことは認識しているが、早急に保存体制を整える必要がある」と話している。
 県総務課は「昨年、国から公文書を保存するよう要請があり、県内の市町村にもお願いしているところ。手助けが必要なら県公文書館も協力する」と話している。
 シンポジウムは二十九日午前九時半から、同大学の三号館ホールで。アーカイブズの先進国、中国の現状について、復旦大学(上海市)の曹振威歴史系教授が基調講演する。日本、大分の現状報告、パネルディスカッションもある。入場無料。

 
 

講演会御礼

 投稿者:大文協事務局  投稿日:2003年 6月21日(土)22時01分39秒
  6月15日に戦争遺跡保存講演会はおかげさまで無事に終了いたしました。
宇佐市の掩体壕保存からさらに航空隊の歴史全体の保存へとがんばってきた姿を大変ユーモア
たっぷりにお話しいただきました。
また西南戦争遺跡が県内に手付かずのまま残っていることや、豊後森機関庫保存委員会作製のビデオに感動しました。
さらに、それ自体は戦争遺跡ではないけれど、B29爆撃機の墜落現場に個人の建てた追悼碑が、平和を願う人々の集まる場所として、情報を発信していることに、戦争を記録し、後世に残すものとして戦跡同様の働きをしていることに驚くとともに、戦跡を残すことの重要性をますます感じた講演会でした。
 

町並み保存にピンチ 広島

 投稿者:大文協事務局  投稿日:2003年 6月21日(土)21時51分26秒
  江戸期の町並みピンチ 福山・鞆地区5軒に1軒空き家 '03/6/20
中国新聞
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 福山市鞆町の中心部で、家屋のほぼ五軒に一軒が空き家になっていることが、住民団体の調査で分かった。狭い道路など住環境の不便さが、人口減少を招いてきた。江戸時代の面影が残る町並みが、空洞化の危機にひんしている。

 四月中旬から六月初めにかけ、特定非営利活動法人(NPO法人)の「鞆まちづくり工房」(松居秀子代表)メンバーらが、町中心部を訪ね歩いて調査した結果、少なくとも四十三軒が空き家だった。市が伝統的建造物群保存地区(伝建地区)に指定している八・六ヘクタール、約二百五十軒の17・2%に当たる。

 空き家のうち十一軒は、江戸時代に建てられたとみられる。幕末、坂本龍馬が、紀州藩との船の衝突事故(いろは丸事件)をめぐる賠償交渉に使った「旧魚屋萬蔵宅」もその一つ。このほか、家屋を取り壊した跡とみられる駐車場が三十カ所に上り、全敷地の一割強を占めているという。

 一九六〇年に一万八千人を超えていた鞆町の人口は、今年五月末で約五千六百人に減っている。

 市は、九八年度から続けてきた「鞆地区町並み保存事業」の予算執行を、鞆港埋め立て・架橋計画が進んでいないことを理由に、本年度は凍結している。

 ■龍馬ゆかりの家も無人 鞆中心部進む空洞化

 空き家が目立ち始めた福山市鞆町の町並み。中心部の17%に上るという。人口減の背景には、狭い道路事情などの不便さがある。調査した特定非営利活動法人(NPO法人)「鞆まちづくり工房」(松居秀子代表)メンバーらは、市に保存と改善策を強く訴えている。

 坂本龍馬が、いろは丸事件の賠償交渉に使った「旧魚屋萬蔵宅」。今は沼隈町の娘夫婦の元へ身を寄せている多木久代さん(68)が、二〇〇一年十月まで住んでいた。「交渉場所になったとされる二階の八畳間を、寝室として使っていました」と、多木さんは懐かしむ。「この家で呉服店を営んでいた夫が他界しましてね。愛着はあっても、一人で住むには不便で…」。四月に「売り家」の張り紙を出した。

 家々が軒を連ねる鞆の街路は、幅が三、四メートルと狭く、自動車の離合にもひと苦労だ。土地勘のある人同士ならうまく譲り合えるが、慣れないドライバーが立ち往生することもしばしば。地元のお年寄りや観光客らが、自動車が行き交う道路の端を窮屈そうに歩く場面も見られる。

 市は、鞆町中心部の歴史的な建物を保存するため、国の「重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)」選定を目指している。選定までのつなぎとして、一九九八年度から予算を組んでいるのが「鞆地区町並み保存事業」だ。昨年度までの五年間で計約六千七百万円を投じ、二十七棟を改修した。

 ところが、本年度、市が予算執行を凍結したことで、町並み保存に暗雲が漂っている。重伝建と「車の両輪」と位置付ける鞆港埋め立て・架橋計画が進んでいないためだ。三好章市長は「地元同意に全力を挙げ、七月に推進か、中止かの結論を出す」と言明。この結論が出るまでは、町並み保存は宙に浮くことになる。

 「鞆まちづくり工房」のメンバーの一人、岡本純夫さん(52)は「橋をかけることよりも、住民が暮らす町の問題を解決する方が先のはず」と、行政の姿勢に疑問を投げ掛ける。「持ち主の同意が得られれば、空き家を活用したい。借りたいという人を呼び込んだり、店として再生するなどして、町の活性化につなげたい」と話している。

【写真説明】坂本龍馬ゆかりの「旧魚屋萬蔵宅」。4月から売りに出されている



 

富山「明治の宝蔵」修復へ

 投稿者:大文協事務局  投稿日:2003年 6月14日(土)22時22分13秒
  北日本新聞 2003.6.5
新湊市立町の曼陀羅寺(真岸勝彦住職)と曼陀羅寺経蔵修復委員会(熊谷允男会長)は、
大山町の富山国際職藝学院(尾島俊雄学院長)の協力を得て、同寺の一切経宝蔵(いっさ
いきょうほうぞう)の修復工事を進めている。8日には、修復を指導する同学院の上野幸
夫教授による現地説明会が開かれる。

 曼陀羅寺は則阿(そくあ)上人が建治年間(1275−1278年)に、現在の奈呉の
浦沖合にあたる地に建立。現在の建物は文政3(1820)年に建立された。宝蔵は明治
21(1888)年に造られ、間口、奥行きとも約3.6メートル、高さ約8.4メート
ル。白しっくいの外観、内部に精巧な八角輪蔵を持ち、天井には「渦雲に竜」が描かれて
いる。

 建立後110年以上が経過し、近年は土台や柱の根元が腐り、天井から一部雨漏りする
状態になっていたため、同寺では修復を検討。技術的な問題から一時は全面的な建て替え
を検討していたが、市内の社寺を調査していた上野教授が、一切経宝蔵の意匠や、高度な
技術を高く評価。上野教授の指導で保存修復することが決まった。壁の工事は、しっくい
の名工・竹内源造=小杉町出身=の作品修復に携わる石崎勝紀さん=福野町=が手掛ける。

 現在は解体が進んでおり、修復完了は来春を予定している。真岸住職は「一時はあきら
めていた修復の実現は、みなさんのおかげ。根本的な修理で後世に長く伝えるものにした
い」と話している。
 

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